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前立腺癌

メンバー
井手 久満、ルー・エン、ユー・ジンソン、木村 美恵

 前立腺癌は、食生活の欧米化や前立腺特異抗原(Prostate specific antigen: PSA)による早期診断の普及に伴い、日本においてその発病率、死亡率ともに著しい増加傾向にあります。治療としては、一般的にホルモン療法と、早期癌に対しては前立腺全摘出術や放射線療法が行われています。しかし、前立腺癌は特徴的に、骨硬化像を伴う骨転移を高率に引き起こします。骨転移を伴う進行癌に対してはホルモン療法が中心に行われていますが、その多くは治療の過程でホルモン療法不応性になり、再燃します。前立腺癌をはじめとして、癌は往々にして再発し、再発した癌はより悪性で、転移などを有することが多く、これら悪性化の分子機構を解析することは臨床的にも重要な研究テーマです。そこで、おもに以下のテーマを中心の研究を行っています。

a. 前立腺癌幹細胞に発現する Protein Tyrosin Kirase( PTK)の生物学的役割

Tyk2 特異的インヒビターを用いた前立腺癌浸潤能の抑制

 我々はCD44 をマーカーとして、未分化な前立腺細胞から protein tyrosine kinases をスクリーニングし、Jak kinases (Jaks)に属するTyk2 を同定しました。それらの上流には、interleukin をはじめ、urokinase-type plasminogen activator などが存在しています前立腺癌細胞株を用いた検討や、免疫組織化学的検討にて、前立腺癌でTyk2 の発現が確認されました。Tyk2 に対するsiRNA および kinase inhibitor を用いた検討ではTyk2 を介したシグナル伝達が前立腺癌細胞の浸潤能に関与していることが示されました。われわれの示した結果から、前立腺癌細胞におけるTyk2 の発現ならびに細胞浸潤能への関与は、本シグナル伝達系を分子標的とした治療戦略立脚への可能性が示唆されます。(H. Ide, T. Nakagawa, Y. Terado, Y.Kamiyama, S. Muto, S. Horie. Tyk2 expression and its signaling enhances the invasiveness of prostate cancer cells. Biochem Biophys Res Commun.; in press, 2008)

b. 悪性度の高い前立腺癌を診断するノモグラムの開発

 前立腺癌のスクリーニングにおいて、前立腺特異抗原 (Prostate specific antigen:PSA)の明確なカットオフ値はありません。カットオフ値を下げることにより前立腺癌の検出率は向上するものの、治療の必要性のない潜在性前立腺癌を検出してしまう可能性があります。そのため、前立腺癌の正確なリスク評価を行う新しいノモグラムやアルゴリズムが求められています。我々は血清テストステロン値を含む臨床データを用いて、前立腺癌ならびにGleason score7以上の浸潤性前立腺癌を予測するノモグラムの開発を試みました。PSA が2.5ng/ml 以上を示し、前立腺生検を受けた396 名を対象とし、これらの臨床データの解析から、年齢、PSA、FSH、血清テストステロン値、移行領域前立腺重量を用いて、前立腺癌の存在の有無ならびに浸潤性前立腺癌を予測するノモグラムを開発しました。血清テストステロン値は、Gleason score7以下の前立腺癌と比較し、Gleason score7以上の前立腺癌において有意に低下していました。

 血清テストステロン値は浸潤性前立腺癌を予測する重要なバイオマーカーであり、我々の開発したノモグラムは、PSA 単独によるスクリーニングよりも治療が必要な浸潤性前立腺癌を有効に検出し得る可能性が示唆されました。


悪性度の高い前立腺癌を予測するノモグラム

 

c. 大豆イソフラボン・クルクミンサプリメントによる前立腺への効果

 PSA 高値で前立腺生検を施行されたが、前立腺癌が検出されない患者様は多くみられます。これらの患者様に対し、前立腺癌発症予防のための対応に苦慮する場合も多く、臨床的に一定のコンセンサスは得られていません。我々は、大豆イソフラボン・クルクミン含有サプリメントによるPSA 抑制効果ならびに前立腺癌細胞株を用いたPSA 産生ならびに発癌抑制効果の可能性について検討を行いました。当院倫理委員会の承認ならびにインフォームドコンセントを得た前立腺生検陰性患者89 名を対象とし、発酵大豆胚芽抽出物およびクルクミンエキス末を主成分とする錠剤(サプリメント錠)またはプラセボ錠を内服してもらいました。2重盲検法により割り付け、6ヶ月間連日服用、PSA、IPSS、QOL を開始時、6ヶ月後に測定しました。また、前立腺癌細胞株LNCaP を用いて、大豆イソフラボン、クルクミンのPSA 産生ならびにDNA-damage signaling pathways における生物学的関与についてELISA 法ならびにWestern blotting 法を用いて検討しました。PSA が10ng/ml 以上のサプリメント群で、プラセボ群と比較し、統計学的有意に血清PSA 値が低下しました(P<0.001)。Western blottig 法やELISA法を用いて測定したLNCaP 細胞によるPSA 分泌量は低下しており、大豆イソフラボンとクルクミンの相乗効果がみられました。また、大豆イソフラボンとクルクミンにより、濃度依存的にDNA-damage signaling pathways であるChk2、H2AX、P53 のリン酸化が誘導されており、それらの相乗効果もみられました。これらの結果から、発酵大豆胚芽抽出物とクルクミンエキスの併用は細胞周期チェックポイントに関与する蛋白を相乗的に活性化し、PSA を減少させDNAdamage signaling pathways を介して前立腺発癌を抑制する可能性が示唆されました。


d. HIFU 治療におけるDNA damage signaling の活性化

 High-intensity focused ultrasound (HIFU)治療は、局所前立腺癌における低侵襲性治療法として、近年注目されています。一方、前立腺癌を含む各種癌においてDNA damage response の発癌、進展あるいは治療における関与が明らかにされてきており、我々は、HIFU 治療を受けた前立腺癌患者におけるDNA damage response genes の発現変化およびその生物学的関与について検討しました。前立腺組織において、HIFU 治療によるリン酸化Chk2 の発現上昇がみられ、また、熱処理によりDU145 細胞およびLNCaP 細胞において、リン酸化gH2AX およびリン酸化Chk2 の発現が上昇し、アポトーシスの誘導が観察されました。しかし、p53 の発現のないPC3 においてはアポトーシスの誘導効率は低いことが示されました。これらの結果から、HIFU 治療効果の機序のひとつとしてDNA damage response の関与が示唆されました。(H. Ide, T. Nakagawa, Y. Terado, Y. Kamiyama, M. Yasuda, S. Muto, S. Horie. DNA Damage Response in Prostate Cancer Cells after High-Intensity Focused Ultrasound(HIFU) Treatment. Anticancer Research; in press, 2008)

e. 前立腺癌骨転移マーカーの検索

 CD44 陽性細胞からPCR 法を用いてPTK 遺伝子をスクリーニングしたところ、マクロファージの発生、分化において重要な役割を果たすColony-stimulating factor-1 receptor (CSF-1R)が同定されました。最近の研究から、CSF-1R は組織球、骨芽細胞、kupffer 細胞などのマクロファージ系細胞のみならず、卵巣、子宮、胎盤や乳腺組織でも発現していることが示されています。特に悪性腫瘍のなかでは、乳癌や卵巣癌の低分化癌でCSF-1R の強い発現がみられ、患者の予後不良と相関していることが報告されています。われわれは、ヒト前立腺癌症例におけるCSF-1R の発現を組織マイクロアレイを用いて解析しました。CSF-1R の発現は、正常前立腺や前立腺肥大症では低いものの、前立腺の前癌病変である、PIN(Prostatic Intraepithelial Neoplasia)や前立腺癌で強い発現がみられることを見出しました。ライガンドであるCSF-1 を加えると、前立腺癌細胞の腫瘍形成能、浸潤能を亢進させました。さらに、CSF-1 受容体とCSF-1 の結合を阻害する中和抗体(24A5)を培地に加えると、前立腺癌細胞の浸潤能が約3分の1以下に抑えられました。CSF-1 自身は線維芽細胞や骨芽細胞、血管内皮細胞などで産生されますが、前立腺癌細胞自身も産生しています。前立腺針生検を受けた前立腺癌患者170例の治療前血清中CSF-1 値をELISA法を用いて測定したところ、骨転移を有した前立腺癌患者においては、統計学的有意に血清CSF-1 値が高い傾向がみられました。以上の結果から、CSF-1 は骨転移マーカーの候補であり、CSF-1/CSF-1 受容体シグナル伝達系を阻害することにより、前立腺癌の浸潤、転移を抑制できる可能性が示唆されました。(H. Ide, K. Hatake, Y. Terado, H. Tsukino, T. Okegawa, K. Nutahata, E. Higashihara, S. Horie. Serum level of macrophage colony-stimulating factor is increased in prostate cancer patients with bone metastasis. Human cell;21:1-6, 2008)